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コラム:ドル110円割れは買いか、3つの根拠

植野大作 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト

[東京 5日]
2017年度が幕を開けた。例年、桜の季節を迎えると、本邦の為替市場関係者の間で「新年度のドル円相場」を巡る論戦が活発化する。以下、筆者の見解を述べておきたい。

まず目先の相場展開については、円高気味のスタートを想定している。毎年、新しい会計年度が始まると、「本邦投資家による新年度の外国証券投資が動き出す」「金融商品販売各社の期初商いが活発化する」などの思惑を背景にした円安期待が強まりやすいが、今年度に限れば、それを妨げる要素がたくさんある。

最初に、米国ではトランプ大統領の目玉公約だった医療保険制度改革法(オバマケア)代替法案の下院採決が頓挫したことで、米新政権の政策遂行力に対する疑念が明滅している。市場の期待の本丸である米税制改革やインフラ投資の可視化が遅れることへの焦燥感が漂っており、当面はドル円相場の上値を抑える心理的な重しになりそうだ。

次に、この先の政治日程を眺めると、トランプ政権下で新設された「日米経済対話」の初会合が4月中旬に予定されている。来日するペンス米副大統領やロス商務長官による厳しい対日要求への警戒感が広がっているほか、米財務省が近く公表する「為替報告書」でも日本の通商・金融・為替政策に対する批判的記述があるかもしれないとの懸念が渦を巻いている。

加えて、すでに佳境入りしているフランス大統領選挙についても、5月7日の決選投票で極右政党・国民戦線(FN)党首であるルペン候補の敗退が確定するまではフランスの欧州連合(EU)離脱いわゆる「フレグジット」への警戒モードを解除できない。事前の世論調査ではルペン候補の敗色は濃厚であり、市場経済派のマクロン候補(元経済相)が勝利しそうだが、昨年の英国民投票や米大統領選挙は世論調査通りの結果にならなかった。

為替の神様のいたずらか、奇しくも仏大統領選挙の決選投票は日本のゴールデンウィーク最終日に行われる。古参のドル円ファンたちは、「日本人が休みの間に相場が荒れた」記憶を非常にたくさん持っている。

このため、日本の連休明け頃までは、本邦在住の為替市場関係者の間にリスク許容度の緩和による円安気運が広がることを期待し難い。どちらかと言えば上値が重く、下値の柔らかい地合いが続くのではないか。もしも節目の1ドル=110円を割ってストップロスを誘発した場合、さらに数円程度の余地で円高が進む可能性はあるだろう。

ただし、仮に目先110円を割り込んだ場合でも、定着するレベルではないと考える。今年度のドル円相場について、筆者は「買いたい弱気派」に所属しており、110円割れのレベルでは、むしろ買い下がりで臨みたい。理由を3つ挙げておく。

<過大評価されるルペン・リスクと日米通商摩擦懸念>

第1に、仏大統領選挙は「ルペン敗北・マクロン勝利」で決着するだろう。いわゆる「政治ネタ」に予断を持つのは禁物だが、メインシナリオを決めずに相場の予測はできない。昨年の英国民投票や米大統領選挙が「まさか」の結果になった後、両国から伝わってくる諸々の報道は、大方のフランス人にとって他山の石になっていそうだ。

あくまで私見だが、現在の英国や米国を見て、「自分の国もあんな風になりたい」と考えるフランスの有権者が過半数を超えそうだとは思えない。仏大統領選挙が終了した後の為替市場では、恐らく「ルペン・リスク」からの解放感が広がるだろう。

第2に、日米通商摩擦による円高リスクを筆者はあまり重視していない。米国の対日貿易赤字の大きさから見て、今後の2国間交渉で何らかの改善策は要求されそうだが、プラザ合意前に240円を超えていたドル円相場が一時70円台になっても米国の対日赤字はなくならなかった。目に見える結果を早く求めるトランプ政権は、日本に対して為替よりも直接的で即効性のある不均衡の解消策を求めてくるのではなかろうか。

もちろん、日米間の通商協議が行き詰った場合は、交渉の道具として為替口先介入や文書介入による「円高カード」を切ってくる可能性はある。だが、3月の当コラムで指摘したように、近年のドル円市場の売買金額は、年間約2京4700兆円程度に膨張している。

為替市場よりはるかに規模が小さい国内外の債券・株式市場でも、長期金利や株価は政治家が意のままに動かすことはできない。独立した中央銀行による金融政策と自由な国際資本移動が確立されている2国間の為替レートは、政府による操作がより困難なはずだ。

あくまで筆者の見解だが、日米両国でどんな要職にある人物でも、特定の政治家や閣僚が為替相場に対する自らの想いを口頭や文書で伝えるだけでは、せいぜい数日から数週間、長くても数カ月程度の一時的ショックを市場に与えられるだけだ。長期間にわたってドル円の上下限を制限し続けたり、長期的なすう勢を支配したりすることは、無理な時代になりつつあると考えている。

<日米金融政策格差によるドル円上昇圧力が再浮上>

第3に、衆目に明らかな日米金融政策の印象格差が今後一層鮮明になり、次第に「政治的ノイズ」による円高観測を凌駕し始めるだろう。まず米国サイドでは、いわゆる「トランプノミクス」への期待が急速に萎える中でも景気が堅調に推移、「一刻も早くトランプ財政が発動しなければ失速する」との危機感は漂っていない。

現在、主要通貨圏では米国だけで孤高の利上げが進行しており、トランプ政権の迷走を目の当たりにしても、米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーからは、今年3月に実施した利上げを含めて「年内3回」程度の実施を支持する発言が相次いでいる。

昨年末の記者会見でイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長は、ほぼ完全雇用状態に達した米国経済に財政刺激は「明らかに必要ない」と述べていた。一般に、民間の活力で経済がうまく回っている間、規制緩和以外の政策について、政府はむしろ「何もしない」のが一番良かったりする。足元の米国経済はそんな状態にあるのではないか。

次回の米利上げは6月に実施される可能性が高く、マーケット・トークの題材としてはすでに相当織り込まれている。だが、ドルの短期調達コストや運用利回りが今の水準からさらに0.25%程度の幅で上昇した場合、その影響を回避できない国内外の投機家や投資家の為替売買行動に無視できないインパクトが及んでいくだろう。

翻って日本の金融政策に目を転じると、異次元緩和開始から4年が過ぎても「物価目標2%」の達成が視野に入っていない。「短期金利=マイナス圏に水没、長期金利=ゼロ%界隈に固定」という異例の金利操作は長期化の可能性が極めて高い。「インフレ率実績を目標から上振れさせる」という「オーバーシュート型コミットメント」を撤回しない限り、ベースマネーの漸増も続く仕組みになっている。

日銀の金融政策に対する評価は十人十色だが、筆者は日本中の金融機関、諸法人、個人投資家が安全かつ満足のいく円金利を稼げる機会を見いだすのがどんどん困難になっている点を重視している。仏大統領選挙絡みのモヤモヤ感が晴れる頃まで待つ必要はあるが、日銀が現在の超低金利政策を根気よく続けていれば、米追加利上げ観測の実現とともに、ドル高・円安圧力が表出してくる時期が早晩やってくるだろう。

年度後半に想定すべきドル円の上値めどをピッタリ当てる自信はないが、ひとまずは心理的節目の115.00円、そして昨年末高値の118.66円などを意識している。これらを抜いた場合はその時の状況を踏まえ、120.00円前後の攻防まで踏み込むか否かを検討したいと考えている。

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