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コラム:不安先行のトランプ円高は短命か

尾河眞樹 ソニーフィナンシャルホールディングス 執行役員・金融市場調査部長

[東京 27日]
昨年11月8日に行われた米大統領選後のドル円相場を整理すると、3つのステージに分けられる。第1ステージは、11月8日から1月20日までの「トランプ・ラリー」だ。トランプ大統領の掲げてきた減税やインフラ投資といった景気刺激策への期待から、期待インフレ率と米長期金利が上昇し、米株価とドル円がパラレルに上昇した。

第2ステージは1月20日の大統領就任式から3月15日前後までで、トランプ大統領による保護主義的な発言が目立ったことにより、ドル円は軟調に推移した一方、米株価は続伸。米株価とドル円の相関性が完全に崩れ、「保護主義懸念相場」となった。

そして、3月中旬から足元までの相場は、第3ステージに入りつつある。今度は、米株価とドル円の相関性は戻ったが、これまで堅調だった米株価が反落し、同時にドル安円高が進んでいる。投資家の不安心理を示すVIX指数(別名「恐怖指数」)もじわり上昇するなど、リスクセンチメントがやや悪化しつつあるが、背景にはトランプ政権の「政策実行性への懸念」がある。

<第3ステージのドル安円高進行余地>

きっかけはトランプ大統領が3月16日に発表した、来年度予算の概要(A Budget Blueprint to Make America Great Again)だ。これは、あくまで「裁量的支出」のみをカバーした、いわば予算案の「たたき台」である。これまで期待されていた税制改革やインフラ投資などの詳細は一切含まれていなかったことが失望を誘った。

環境保護や海外への援助、貧困対策などの歳出が2―3割カットされた一方で、国防関連、軍事費や国土安全保障、国境の壁への費用が増額されている。民主党はこの内容に真っ向から反対しているが、共和党の一部有力議員もこれに反対の姿勢を示している。

正式な大統領の予算案である「予算教書」は、通常2月上旬に議会に提出されるが、今回は5月中旬までに詳細が明らかになる予定だ。それを受けて議会で減税法案が2018年度の財政調整措置として審議される。その後ようやく歳出法案が審議されるとなると、歳出法案の成立までには、相当の時間を要することになるだろう。

トランプ大統領と共和党議会の間の溝が深まればなおさらだ。減税法案の可決・成立は、8月の議会休会までに決着がつかなければ、早くて9月末から10月初めになるとの見方もある。2018年度予算は2017年10月から2018年9月までだが、もし歳出法案を新年度までに成立させることができなかった場合は、連邦政府機能の一時閉鎖となるリスクも浮上する。

いずれにせよ、予算をめぐる各法案の審議に時間がかかり、減税やインフラ投資の実行が大きく後ずれしたり、規模が期待外れとなる場合は、市場に失望感が広がるだろう。この場合、米連邦準備理事会(FRB)の利上げペースも予想より遅くなるとの見方が広がり、ドル安が進行する公算が大きい。

医療保険制度改革法(オバマケア)を巡って米議会がこれほど揉めたことを踏まえれば、そのリスクは排除できない。トランプ政権は3月23日、同日中に予定していたオバマケア代替法案の採決を延期。翌24日、法案を撤回すると表明した。共和党の一部に反対意見が強く、可決に必要な過半数の票を確保する見通しが立たなかったためだ。

共和党内では米国版の国民皆保険制度であるオバマケアの撤廃を望む保守強硬派の議員団が、今回のオバマケア代替法案に強く反対していた。トランプ大統領が同法案撤回後「次は税制改革に取り組む」と述べたことで市場のセンチメントはいくぶん持ち直しているが、今後の議会の動向には不安が残る。

問題は、第3ステージの「政策実行性への懸念」によるドル安円高がこのまま本格的なトレンドになるのか、あるいは一時的なポジション調整にとどまるかだ。中期的に見れば5月の予算教書とその後の議会の動向が鍵を握るが、テクニカル上、短期的にはドル円は下向きの様相を呈している。

日足の一目均衡表は完全に雲を下抜けたほか、週足ベースの一目均衡表も1月中旬以降サポートとして機能してきた雲上限111.40円を割り込んだ。また、2月安値の111.69円をネックラインとするダブルトップが完成したと見れば、107.90円付近まではすでに下落余地が広がっていると考えることもできる。

4月は米財務省による為替報告書の提出や5月にかけて行われるフランス大統領選など、リスクイベントが盛りだくさんであることを踏まえれば、短期的なドル円の下落リスクには警戒したいところだ。

<ドル安円高の長期トレンド化に3つの壁>

ただ、筆者はこの第3ステージは一時的なものにとどまり、長期のドル円の下落トレンド入りを意味するものではないと考えている。第1に、今回の為替報告書で米国が中国を為替操作国に認定する可能性は低いとみている。

米財務省は「為替操作」の判断基準として、1)対米貿易黒字額が年200億ドル超、2)経常収支黒字が名目国内総生産(GDP)比3%超、3)年間のネット外貨購入が対GDP比2%超、の3点を挙げているが、中国は1点目に抵触しているのみで、3点目は自国通貨売りではないため、現段階で「為替操作国」への認定には無理がある。

第2に、フランス大統領選も、世論調査を見る限りでは極右政党の国民戦線・ルペン党首の支持率には若干陰りが見られる。おそらく秘書給与問題などのスキャンダルが影響しているのではないか。

もちろん、選挙が世論調査通りにいかないことは、昨年6月の英国民投票での欧州連合(EU)離脱選択や11月のトランプ大統領当選で実証済みであるため、引き続き警戒は必要だが、オランダの選挙結果からも分かる通り、人々は「チェンジ」を求めてはいるものの「混乱」を求めてはいないようだ。

その点、フランス大統領候補としてニューフェースのマクロン氏は政治家としてのバックグラウンドがなく、「新しさ」や「改革」が期待できる。ルペン氏が当選した場合の市場混乱の可能性も考慮すれば、マクロン氏のほうが今回の選挙では有利であると言えそうだ。

第3に、最も肝心なポイントとして米国経済が足元堅調であることが挙げられる。仮に税制改革法案の成立が遅れ、これが米国経済を押し上げる時期が後ろ倒しになったとしても、米景気が今年、腰折れに至る可能性は極めて低い。

米国のインフレ率は着実に加速しており、減税やインフラ投資の規模が期待されるほど大規模なものでなかったとしても、これらは来年の米国経済を支援しインフレ率を押し上げよう。それを見込んで米金利が再び上昇し始めれば、ドル円は緩やかな上昇トレンドに戻るとみている。

24日にオバマケア代替法案が撤回されても、市場のリスクセンチメントが悪化せず、ドル円も急落していないのは、こうした点が背景にあるのではないか。

複雑で時間がかかりそうなオバマケアはとりあえず棚上げして、トランプ大統領が述べるとおり、税制法案に早々に着手するのであれば、目先テクニカル上のポジション調整は進んだとしても、それは一時的なものにとどまり、ドル円は反転上昇すると考える。

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